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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)660号 判決

原告 木田鷹之助

被告 明治食品販売有限会社

主文

被告会社が昭和三四年一月九日資本の総額金三、六〇〇、〇〇〇円を金九、二〇〇、〇〇〇円に増加した資本の増加はこれを無効とする。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

被告会社が昭和三四年一月八日招集した臨時社員総会における、

(一)  吉崎久一及び遠藤正治を取締役に、田宮三郎を監査役にそれぞれ選任する。

(二)  資本の総額金三、六〇〇、〇〇〇円を金九、二〇〇、〇〇〇円に増加する。

との決議はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

増資決議の取消にかわる予備的申立として、

主文第一項同旨の判決を求める。

二、被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告

(請求の原因)

(一) 被告会社は昭和三〇年四月七日設立された冷菓の製造、販売等を目的とする、資本の総額金三、六〇〇、〇〇〇円、出資一口の金額一、〇〇〇円の有限会社で、原告はその二、一六〇口の社員である。

(二) 被告会社は昭和三四年一月八日臨時社員総会を招集し、請求の趣旨記載のような役員選任及び増資の決議をして、同月九日その旨の登記手続をした。

(三) しかし、右の決議には次のような瑕疵がある。

(1)  被告会社の社員でない遠藤正治、並木一夫、田中正の三名(以下田中ら三名という)がそれぞれ出資持分一〇〇口を有する社員として議決権を行使した。

もつとも、被告会社の定款には右の三名がそれぞれ一〇〇口の出資持分を有する社員として記載されているが、それは被告会社の設立にさいし、本来原告の出資持分たる三〇〇口を右の三名に名目上割り振り、名義上の社員としたためであつて、右三〇〇口の持分は実質上原告に帰属するものである。原告はこの関係を明らかにするため、被告会社の成立前たる昭和三〇年三月二五日あらかじめ右の三名よりその趣旨の念書(甲第四ないし六号証の各一)を徴するとともに、その持分を原告に譲渡し、その名義書換えを委任する趣旨の白紙委任状(甲第四ないし六号証の各二)を差し入れさせておいた。その間の事情は被告会社の代表取締役である吉崎久一もこれを了知し、右の三〇〇口が原告に帰属することを承認しているのであるから、右の三〇〇口が原告の持分であることはこれを被告会社に対抗しうるものであつて、右田中ら三名は被告会社の社員ではない。まして原告が昭和三二年一二月頃右三〇〇口の持分を名義上も自己のものとするため、右吉崎に対しその名義書換えを請求したところ、同人は右事実を承認しながら、その名義書換えをしないのであるから、被告会社は名義書換えのないことを理由に原告の右の持分を否定しえない。

(2)  本件総会の招集通知には、会議の目的たる事項の記載がないか、またわその記載なきに帰する違法がある。すなわち、

(イ) 増資の決議についてはその記載がない。

(ロ) 役員選任については、たんに「役員選任の件」とのみ記載され、選任さるべき取締役及び監査役の員数の記載がないから、これによつては適法な会議の目的たる事項の記載があるとはいえない。

仮りに右「役員選任の件」の記載をもつて「任期満了による役員改選の件」とする趣旨と解しうるとしても、本件総会当時の取締役は吉崎久一一名のみであつたから、二名の取締役を選任することは、会議の目的たる事項の範囲外であることに変りはない。

(3)  役員の選任決議は、決議の方法についての決議なくしてなされた違法がある。すなわち、

選任決議は、まず決議の方法を投票とするか、または指名候補者について賛否を問う方法とするかを定めて、その決議を経た上なさるべきものであるのに、その決議がなされていない。

(4)  本件総会には全社員(三、六〇〇口)が出席したに拘らず、本件決議は出席した社員の総議決権数の半数である一、八〇〇口にみたぬ一、四四〇口によつてなされている。すなわち、

被告会社の総出資口数三、六〇〇口のうち、原告の持分口数は二、一六〇口であるが、本件決議は原告の反対を無視して、原告を除く他の全社員によつてなされたものである。もつとも、定款上原告の持分口数は一、七六〇口、吉崎久一の持分口数は一、一四〇口となつているが、前記のとおり田中ら三名名義の三〇〇口は原告の所有であり、それを被告会社に対抗できるし、また、右吉崎名義の一、一四〇口のうちの一〇〇口(以下吉崎名義の一〇〇口という)も原告のものであるが、それは被告会社設立のさい定款作成にあたり右一〇〇口を誤つて右吉崎の持分に加算して記載されたためで、被告会社の代表取締役である右吉崎も右の事実を確認して、原告に対しその旨の念書(甲第三号証)を差し入れているから、原告は右一〇〇口についても、それが原告のものであることを、被告会社に対抗できる。

従つて、本件決議はいずれも被告会社の過半数の持分を有する原告の反対を無視してなされたもので、出席社員の議決権数の四分の三以上の同意を要する増資決議はもちろん、出席社員の議決権数の過半数の同意を要する役員選任決議をも違法たらしめるものである。

(5)  本件増資については、原告にその持分に応じた出資引受権を与えないばかりでなく、その決議においては、ただ増資の額と引受人とについてだけ定め、増資の方法や出資の履行期日等については何らの決議もない。

(6)  増資の引受人はすべて払込をしていない。

以上の決議の瑕疵は、すべて本件決議の取消事由となるとともに、増資決議の瑕疵に関しては、増資無効の事由たるものでもある。

(被告の抗弁に対する認否)

(三) 被告の抗弁事実はすべて否認する。

仮りに、原告に被告の主張する様な不始末があり、本件増資がその整理のためであつたとしても、増資決議につき、原告が特別利害関係を有するはずはない。

二、被告

(請求の原因に対する答弁)

(一) 請求原因(一)の事実中、原告の出資口数は争うが、その余の事実は全部認める。原告は一、七六〇口の社員である。

(二) 同(二)の事実は、全部認める。

(三) 同(三)(1) の事実中、原告主張の様に田中ら三名がそれぞれ一〇〇口の社員として議決権を行使したこと、定款に右三名がいずれも一〇〇口の社員として記載されていること、及び吉崎久一が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は争う。

(四) 同(三)(2) の事実中、招集通知には増資に関する記載はなく、「役員選任の件」とのみ記載してあつたこと、及び本件総会当時取締役が一名であつたことは認めるが、その余の事実は争う。

有限会社の招集通知には、会議の目的たる事項の記載は不要である。従つて、「役員選任の件」という記載すら不必要であつた。仮りに、目的事項の記載が必要としても、本件総会には全社員が出席していたから、不記載の事項についても決議ができる。

(五) 同(三)(3) の事実は全部争う。

役員選任の方法としては、原告の記名投票による旨の動議を否決して、指名候補者についてその賛否を問うことになり、その結果、取締役に吉崎久一と遠藤正治が、監査役に田宮三郎がそれぞれ選任されたもので、その手続に何らの瑕疵もない。

(六) 同(三)(4) の事実中、本件総会に全社員(三、六〇〇口)が出席していたこと、その決議がいずれも原告を除く他の全社員の同意によつて成立したものであること、被告会社の総出資口数が、三、六〇〇口であること、定款上原告の口数が一、七六〇口、吉崎久一の口数が一、一四〇口と記載されていること及び吉崎久一が被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は争う。

原告の所有口数は一、七六〇口で、二、一六〇口ではないから、原告以外の他の社員の総口数は一、八四〇口であつて、半数以上である。

従つて、右一、八四〇口の同意によつて成立した役員選任決議は有効である。増資決議については、原告は特別利害関係人(抗弁の項に記載の如く)として議決権を行使できず除外されるから、右増資決議は全員一致によつて成立した決議であり、四分の三以上の要件をみたし有効である。

(七) 同(三)(5) 事実中、本件増資につき、原告に引受けさせなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。

本件増資決議については、増資の額及びその引受人と共に、増資の方法(出資口数の増加による)と払込期日(即日とする)とが決議されているのであるから、増資決議として適法なものである。原告に引受けさせなかつたのは、本件増資に至つた事情(抗弁の項で述べる如き)からして当然である。

(八) 同(三)(6) の事実は争う。

本件増資に対する払込は全部終つている。本件増資については、その全部を被告会社の貸金債権者がその債権額だけ引受けたので、その払込も被告会社が増資決議の日に、右払込請求権を自働債権とし、右貸金債権を受働債権として相殺することによつてなされた。

(被告の抗弁)

(九) 原告は本件増資決議につき特別利害関係を有し、その議決権を行使できない。すなわち、

本件増資は、原告の不始末によつて生じた被告会社の借入金債務を整理するため会社債権者をして増資全口数を引受けさせ、その債権全額を出資金に振り替える方法によつてなされたものであつて、かかる原告の所為に起因する会社の負債整理のためになされた増資決議については、原告は特別利害関係を有するものといわなければならない。

第三、証拠関係

一、原告

甲第一ないし三号証、第四ないし第七号証の各一、二、第八、九号証、第一〇号証の一ないし五及び第一一号証を提出し、証人漆原淳、加藤茂の各証言及び原告本人尋問の結果を援用する。

二、被告

乙第一ないし三号証、第四号証の一ないし六、第五号証の一ないし三、同号証の四の一ないし六、第六、七号証を提出し、証人田中正、遠藤正治、並木一夫、漆原淳の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果を援用する。

三、書証の認否

(一)  原告

乙第一号証及び第三号証の成立を認め、その余の乙号証の成立はすべて知らない。

(二)  被告

甲第一、二号証、第七号証の一、二、第八、九号証の成立を認め(甲第八号証については原本の存在も)第四ないし六号証の各一の成立を否認し、その余の甲号証の成立は知らない。

理由

一、被告会社が、原告主張の様な内容の有限会社であること、原告が被告会社の社員であること(その持分口数については争があるが)、及び被告会社が昭和三四年一月八日原告主張の様な役員選任及び増資の決議をして、同月九日その旨の登記手続をしたことは当事者間に争がない。

二、そこで、まず原告の主張する本件役員選任決議の瑕疵の有無について順次検討する。

(一)  田中ら三名が被告会社の社員でないのにかゝわらず議決権を行使したとの主張について(請求原因(三)の(1) )

田中ら三名が本件総会において、それぞれ一〇〇口の出資持分を有する社員として議決権を行使したこと及び右三名が被告会社の定款にいずれも一〇〇口の持分を有する社員として記載されていることは当事者間に争がなく、また、被告会社代表者本人の供述によつて、その成立を認めうる乙第二号証(社員名簿)によれば、被告会社の社員名簿にも右と同様の記載があることが認められる。

ところで、原告は、田中ら三名の持分はただ名義上のものにすぎず、その実質は原告のものであつて、原告は右三名名義の持分が原告のものであることを、被告会社に対抗できると主張し、原告本人もそれに符合する趣旨の供述をするが、右供述は証人並木一夫、遠藤正治、田中正の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果に照らしたゞちに措信できず、他にもこれを認めるに足りる証拠がない。反つて、右三名の証言と被告会社代表者本人尋問の結果を綜合すれば、被告会社の設立にさいし、田中ら三名がそれぞれ個人営業時代の得意先を提供したので、同人らをいずれも一〇〇口の社員としたことが認められる。

もつとも、田中ら三名が、その名義の持分はいずれも原告のものであることを確認した旨の念書(甲第四ないし六号証の各一)及び右持分の名義書換を委任する旨の白紙委任状(甲第四ないし六号証の各二)の各名下の印影は、証人並木一夫、遠藤正治、田中正の各証言により、それぞれ名義人の印章によるものであることを認めることができるが、しかし、右の各証言によれば同人らはたんに被告会社設立のさい、その手続に必要だからといわれて、発起人の中心人物である吉崎久一に同人らの印章を交付したことがあるにすぎないことが認められ、何ら右念書及び白紙委任状作成のために右印章を右吉崎または原告に交付した証拠はなく、その上さきに認定した田中ら三名が社員となつた事情をも徴すれば、右の念書及び白紙委任状は田中ら三名の意思に基いて作成されたものと断定することはできない。

しからば、田中ら三名が本件総会に社員として出席し、議決権を行使しうることは当然であつて、原告の主張は理由がない。

(二)  招集通知に会議の目的たる事項としての記載がないか、またはその記載なきに帰する事項についての決議であるとの主張について(請求原因(三)の(2) )

社員総会の招集通知に関する一般的規定には、社員相互間の非公衆的閉鎖的性質からして、株式会社のそれに関する規定にみられる様な会議の目的たる事項の記載が強制されていない。従つて、特にその記載が要求されている営業譲渡及び合併の場合の外は、目的たる事項を示さずして総会を招集し、総会において議題を提出して決議することができるものと解する。よつて、この点に関する原告の主張はそれ自体理由がない。

(三)  選任決議の方法についての決議がないとの主張について(請求原因(三)の(3) )

成立に争のない乙第三号証並びに原告本人尋問の結果によれば、本件役員の選任について、原告から記名投票によるべき旨の提案があつたが否決され、他の社員の発言によつて取締役の候補者に吉崎久一と遠藤正治を、監査役の候補者に田宮三郎をそれぞれ推せんし、右の候補者をいずれもその役員に選任することの賛否を問い、これを可決したことが認められるから、この決議により、決議の方法と共に選任の決議をなしたものであることが明らかであり、この点に関する原告の主張も理由がない。

(四)  出席した全社員の議決権数の過半数にみたぬ議決権によつてなされたものであるとの主張について(請求原因(三)の(4) )

本件総会に全社員が出席していたこと、本件役員選任決議が原告を除く他の全社員の同意によつて成立したものであること、及び定款上原告の出資持分が一、七六〇口、吉崎久一の出資持分が一、一四〇口と記載されていることは当事者間に争がなく、前記乙第二号証(社員名簿)によれば、被告会社の社員名簿にも、原告及び右吉崎の持分が右と同様に記載されていることが認められる。

ところで、原告は、田中ら三名名義の三〇〇口と右吉崎名義の一、一四〇口の中の一〇〇口がいずれも原告のものであることを被告会社に対抗できるから、原告は右原告名義の一、七六〇口と右四〇〇口とを合せた二、一六〇口の社員であると主張し、原告本人もこれにそう趣旨の供述をするが、田中ら三名名義の持分についてはすでに判断したとおりであり、また右吉崎名義の一〇〇口の持分についての供述は、被告会社代表者本人尋問の結果に照らしたやすく措信できず、証人加藤茂の証言によつても、右原告の主張を認めるに足りる心証をとりえず、他にもこれを認めるに足りる証拠はない。

もつとも、右吉崎がその名義の一〇〇口は原告のものであることを承認した念書(甲第三号証)につき、右吉崎名下の印影が同人の印章によるものであることは、同人の認めるところであるが、同人の、右の念書を作成したことがなく、右印影は、印章を被告会社の設立のために必要だからといつて集められたことがあるので、その際押捺されたものと思われる、旨の供述によるときは、右念書は右吉崎の意思に基いて作成されたものと断定することはできない。

してみると、結局原告は一、七六〇口の持分をもつ社員ということになる。一方、被告会社の総出資口数が三、六〇〇口であることは当事者間に争がないから、以上認定の事実によるときは、原告を除く他の全社員の持分口数が合計一、八四〇口となることは算数上明らかである。従つて、本件役員選任決議はその成立に必要な過半数(一、八〇〇口)を上廻る議決権をもつてなされたことは明らかであり、この点に関する原告の主張も理由がない。

三、次に本件増資決議の取消に関する原告の主張について判断する。資本の増加は、他の各種の手続と同様に、多数の行為の連鎖からなる一つの手続である。

しかして、増資については特別に増資無効の訴が予定されているから、増資決議に瑕疵がある場合においても、増資の効力発生(増資登記)以後においては、たんに手続の一要素にすぎない右決議の取消のみを独立さして訴求することは許されず、これを争おうには必ず増資無効の訴によらなければならないものと解する。

そこで、これを本件についてみるに、増資の変更登記がなされていることは当事者間に争がないのであるから、この段階においては、もはや増資決議に瑕疵のあることを、その決議を取消すための独立の訴として主張する様なことは訴の利益を欠き許されない。

四、よつて、次に増資無効の予備的請求について検討をすすめる。本件増資決議が、原告(少くとも総社員の議決権の四分の一以上をもつ)を除く他の全社員によつてなされたものであることは当事者間に争がない。従つて、右決議が出席した総社員の議決権数の四分の三以上の議決権をもつてなされていないことは明らかである。

ところで、被告は、本件増資は原告の不始末により生じた被告会社の債務整理のためであるから、本件増資決議につき原告は特別の利害関係を有し議決権を行使しえない、旨主張するが、原告の不始末を整理するためという様なことは、本件増資決議にとつて、たんなる動機にすぎず、これが、法にいう趣旨の特別利害関係にあたらないことは明らかである。

してみると、右増資決議には、出席社員の議決権数の四分の三にみたぬ議決権をもつてなされた違法があり、本件増資は無効とすべきである。

よつて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の増資無効の請求は理由がある。

五、以上判断したとおり、本件増資決議には、原告主張の取消原因が存するので、本件増資の無効を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、本件増資決議の取消を求める原告の請求は、訴の利益を欠き、また、本件役員選任決議の取消を求める原告の請求は、右決議に原告の主張する取消原因は存しないから、いずれもこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九二条本文を適用し原、被告各自その半額を負担すべきを相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 上野宏 中野辰二)

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